2008年4月20日
ダニカ、史上初!!
ダニカ・パトリック(AGR)、インディカー・チャンピオンシップRd.3 インディジャパン300マイル(ツインリンク茂木・スーパースピードウェイ)で初優勝。
1910年代から続く長いインディカーチャンピオンシップの歴史(※)で、初めて女性ドライバーが表彰台の頂点に立った。
2005年デビューのダニカ・パトリックは4年目でこの快挙を成し遂げた。
デビュー当初から「いつ勝ってもおかしくない」と言われ続けていたが、あと一歩の壁が高く、なかなか勝てないでいたが、AGRの作戦と自身の落ち着いた走りで勝利を勝ち取った。
雨にたたられ予選は中止、そして、予定されていた昨日の決勝もコースに水がしみ出し、1日順延―何とか漕ぎ着けたレースは第1周目で、注目のマルコ・アンドレッティがクラッシュでいきなりのフルコースコーション。
日本期待の新星・武藤英紀はピットでトラブル。ピット中にイエローが出たため、コースに入ろうとしたペースカーを抜く際に痛恨の加速ミス。フロントウイングを壊し、早々に上位争いから脱落。
久々の登場となったロジャー安川もブレーキトラブルで離脱。
徐々に残り周回が減っていく中、最後は燃費レースとなった。
残り10周を切った段階で上位4台が続々ピットへ、5位のエリオ・カストロネベス、6位のダニカ・パトリックがトップを争う展開になったが、既にカストロネベスのペンスキーも残りガスが少なく、全力走行できず、抵抗することなくパトリックにトップの座を明け渡した。
そして、最後の3ラップを落ち着いて走りきって、遂に初の女性ウイナーが誕生した。
いや~、「いつかは勝てる」「近いうちに勝てる」と言われながら結局勝てずに終わってしまうドライバーが非常に多いレースの世界。
イイチームにいるウチに勝てないと、勝てないドライバーの烙印を押され、その後不幸な展開になってしまうリスクもあるが、やっぱりイイチームにいないと勝つ見込みさえほとんど無い。
その時にその場所にいて、自分の仕事をしっかりやり遂げる。
見事な初勝利だったと思う。
次は武藤英紀に頑張ってほしいモノだ。
(※)現在のシリーズであるIRLの歴史は1996年以降の12年。
1911~1955 AAA時代
1956~1979 USAC(79年チーム側がCARTを組織、独立。80年以降Indy500のみ運営)
1979~2008 CART(96年にIRLがIndy500を擁して独立。今年IRLに併呑される)
1996~ IRL
2008年3月29日
バレストル、没
80年代のF1を騒がせた、FISA&FIA元会長、ジャン・マリー・バレストル、死去。86歳。
バレストルと言えば、FISA-FOCA戦争、セナ-プロ確執が有名だ。
セナ-プロ確執時のあのやり方や、ホンダの事をイエローと呼んだこと対して、自国民びいき、白人至上主義者で本当に毛嫌いしていたあの頃が懐かしい。
モズレーが彼を選挙で打ち破ったとき、新しい時代が来ると喜んだモノだが、今はそのモズレー自体が老害になっており、やっぱり同じニンゲンが長い間権力の座に居続けることは歪みばかりをもたらすだけで良いことは何もないなと思う。
特にスポーツ協会などはその典型だ。
日本でも過去のJOCやスケート協会、バスケット協会‥‥。
何処の国も同じようなモノか。
2008年2月25日
苦渋の合併?I+C
1996年以来、袂を分かっていた、アメリカのオープンホイールレース、IRL(Indy Racing League)とCCWS(CHAMP CAR WORLD SERIES)が遂に合併。実際はIRLがCCWSを併呑する形だ。
90年代初頭のCART(Championship Auto Racing Teams)はヨーロッパからF1引退組、米大陸からはベテラン+若手が出てきて、活気のあるチャンピオンシップだった。
93年は前年F1で念願のチャンピオンを獲得して引退(一時)したマンセルがルーキーでCART王者になったり、2度のF1王者で大ベテランのエマーソンフィッティパルディが健在だったり、セナがペンスキーのテストをしてみたり‥‥F1チャンピオン達の交流もあったし、ジャック・ヴィルヌーヴ、ファン・パブロ・モントーヤの出現など、CART発の実力者も出てきていた。
だが、2001年シーズン末のエンジン規定によるゴタゴタ、ホンダ、TOYOTA離脱、出場台数の減少に有力チームの離脱の結果、CART破産‥‥その後、現運営者に移行して、CCWSと名称も新たに再スタートを切ったが、結局IRLに吸収合併されることになってしまった。
対するIRLはCARTからINDY500を擁するオーバルコースでのレースによるチャンピオンシップとして1996年に独立(その後、ロードコースも追加)。2003年以降、TOYOTA、ホンダの参戦、名門レースチームのIRL移籍でドライバーのメジャー化も進み、CARTとは一線を画するようになっていった‥‥。
だが、派手なレースを好むアメリカ人、一発の接触で全てが無に帰する可能性のある繊細なオープンホイールではなく、ガシガシ当たっても大丈夫なエンタテインメント性抜群のハコ車でのレースがお好きなようで、デイトナを擁するNASCARに人気面では離されっぱなし。今では、F1引退組もIRLではなくNASCARを次のキャリアに考えるようになった。
結局、自らの分裂でファン離れを招き、弱者同士手を結ぶという状態になってしまった、両シリーズだが、起死回生はあるのか?
‥‥個人的には難しいと思うけど。
2007年12月 1日
どーなってるの?x2
どーなってるの?な土曜日。
まず最初は浦和レッズ。今季AFCチャンピオンズリーグを制覇した目下日本最強のサッカーチーム。
‥‥だったはずなのだが、今週あまりにも痛すぎる2連敗。
天皇杯の初戦でAFC疲れかJ2チームに敗れたが、それでもJリーグ2連覇は堅いと思っていた‥‥。
だが、今日のJリーグ最終戦、事もあろうかJ2降格が決まっている横浜FCに敗北。
リーグ終盤、破竹の9連勝を飾った鹿島に優勝をさらわれてしまった。
結果、浦和は今季国内無冠‥‥あれ、07元旦の天皇杯は06シーズンで良いんだよね?
何と言うことだろうか‥‥。
次の「どーなってるの?」は安藤美姫。言わずと知れた2007世界選手権覇者。
GPシリーズ最終戦NHK杯フリープログラム。
ショートプログラムを2位で終え、実力を出せば、優勝悪くても2位は堅いと思っていたのだが‥‥。
いきなり3回転-3回転の最初の3回転で転倒。その後も得意のハズのジャンプをことごとく失敗。
得点集計を待つ間の凍り付いたような表情があまりに痛々しかった‥‥。
結果4位に終わり、残念ながら年末のGPファイナル進出を逃してしまった。
‥‥2005-2006シーズンの彼女に戻ってしまったのだろうか?
スポーツってホントに何が起こるか判らない。
2007年3月24日
どっちにも金メダル獲らせたい戦いだったなぁ
美姫vs真央、日本が誇る銀盤の舞姫2人が表彰台の1位、2位を占めた世界フィギュア。
昨日のショートプログラムで、コンビネーションジャンプを失敗してまさかの5位スタートとなった浅田真央だが、今日のフリースケーティングでは従来のパーソナルベストを越える、133.13というとんでもないスコアを叩き出し、涙。最後の安藤美姫を残した段階でもその他を大きく引き離してトップ。
そして、最終演技者、安藤美姫―去年のオリンピックでの大失敗とその後の精神的落ち込み、全日本での肩の脱臼―いろいろなモノを乗り越えてきた彼女は、自分より3歳若いライバルに対して、一か八かになってしまう4回転を出さず、きっちりと安定した大人の演技でショートで得たリードを守りきり、世界の頂点に立った。
ショートでトップだったキム・ヨナは2度の転倒もあり、大きなリードを守りきれず、3位。
最終的にアジア勢が表彰台を占めた。中野は去年と同じく5位入賞。
‥‥それにしても、その差わずか0.69、勝負を分けたのは紙一重の差だと思う。
真央ちゃんはショートのミスが無ければ、もっと得点が出ただろうし、キム・ヨナも転倒をしなければ同じく190点台は出せただろう。16歳の2人が今よりもっと安定した演技をするようになったとき、迎え撃つミキティーは今回見せなかった、4回転を見せてくれるかも知れない。
まだまだ若い彼女たち、これからもすばらしい戦いを続けていって欲しい。
それ以外にも今日は日本代表で俊介+スシが光プレーを見せてくれたし、シンクロもしっかりメダル獲ったし、ホークスは負けたけど野球も始まったし‥‥春は駆け足でやってきているのだ。
2007年1月 3日
箱根駅伝も終わったし
三賀日も過ぎていくなぁ‥‥。
正月の風物詩、実家での箱根駅伝TV観戦もすっかり当たり前の物になった気がする。
数年前まで、縁もゆかりもない学校の人たちが長時間走っている姿を見ることに対して全く興味なく、放送を見ることもなかったが、駒沢大学が強かった数年前に何となく見初めて以来、毎年欠かさず見るようになった。
連続で区間新記録を出した今井選手のように実力を発揮して、栄光をつかむ選手がいる反面、期待されている中、思うような走りが出来なかったり、体調を崩してゴールにたどり付けなくなる選手もいる。
襷を繋げなかった選手の涙。将来の大きな糧にしてほしい。
マラソンとは異なり、団体競技であるからこそ生まれる連帯感・責任感の大切さ。
先輩、自分達の代、そして未来を担う後輩達の代があるからこそ、歴史は刻まれ、人類は前を向いて進んで行くのだろう。
‥‥正月ボケのためか、はたまたいろいろな出来事に感化されたか、いつもとは違う感じの魂狩られなのである(明後日には通常の内容に戻るハズ)。
2006年8月30日
オリンピック?(゚⊿゚)イラネ
2016年の夏季五輪の開催都市を目指す日本の候補地が東京に決定した。
今年の夏コミカタログに「東京で五輪が開催されるとその競技会場として有明も予定地に入っており、夏コミにも影響があります」と言うような文言が載っていた。
えええ~~~~、オリンピック(゚⊿゚)イラネ~~~~~~~。
‥‥と、そこで冷静になって考えてみたら、オリンピックが来るのは2016年で今から丁度10年後。
さすがにその歳まで、コミケには行ってないよな‥‥多分。
それまで東京にいるかどうかすら判らないわけだし‥‥。
どのみち、アメリカの候補地に負けるだろうから、この悩みは取り越し苦労に終わるのだ。
2006年2月24日
ようやく1個目、しかし最重要
女子フィギュア、荒川静香、金。
フリーは総毛立つ演技だった。
2006年2月11日
オリンピック開幕。
トリノ冬季五輪が始まった‥‥。
また寝不足の日々が始まる‥‥ってすでに、修羅場で寝不足なのだが。
冬季五輪の開会式は綺麗なので好きだなぁ。
ちなみに、冬期の閉会式が一番好きだったりする。
‥‥開会式のショウ第2部がクライマックスを迎えたとき‥‥おお!フェラーリが出てきたyp~~~~。
ピット作業を終え、なんとマシンが動き出し、ドーナツターンを披露して去っていった。
乗ってたの誰なんだろうな~。バドエルあたりかなぁ、イタリア人だし。
その後、ルカ・モンテツェモロ氏の笑顔が映し出された。
トリノと言えば、フィアットだし、その会長だもんね。
開幕宣言前のトリノ市長の謝辞で故ジャンニ・アニエリの名前も出てきたし、トリノらしい。
さあ、残すは聖火入場だ。
2006年2月 4日
泥沼に填った妖精
東レパンパシフィックオープンテニス(現在激重)準決勝。
妖精マリア・シャラポワvs復活した天才、元女王マルチナ・ヒンギス。
TBS的には基本的に昨年度の覇者でもある美貌のシャラポワをフィーチャーして放送しているが、ヒンギスが勝ったとしても3年のブランクを乗り越えてと言うことで盛り上がれるおいしすぎるカード。
で、結果。
6-3、6-1で元女王ヒンギスが予想以上の大差でシャラポワを粉砕。
多少贔屓目で見ても、シャラポワがヒンギスを上回っている部分は上背と馬力から繰り出されるサービス(それも数発)のみで、他の全ての要素でヒンギスがシャラポワを上回り、翻弄。
テニスの試合は彼女が天才少女として頭角を現した90年代中盤こそよく見ていたが(90年代初頭はセレスが居て、その流れだにゃ~)、次第に力のウィリアムズ姉妹やダベンポートから圧倒されるようになり、さらに彼女自身の怪我で、2002年限りでツアー引退。
パワーばかりで、エース出まくりの試合に興味を持てずテニス自体を見なくなって久しかったが‥‥テクニックがパワーを上回る‥‥必ずしもいつもこんな結果になるとは思わないが、見ていて心地よかった。
‥‥って、仕事しろ>オレ。

