2009年6月16日

三沢選手について

事故が起きた当日(土曜日)は殆どテレビを見て居らず、日曜も朝から大掃除をしていて、夜のニュースまでナイターを見た程度で殆どテレビを見ていなかった。

そして、夜のNTVニュースで訃報を聞いた。

その日は全くそのことを実感できず―したくなかっただけかも知れないが―翌日の朝、見知らぬオヤジの持つスポーツ新聞の見出しで、そして、夜のNEWS ZEROの特集で事故当日の映像を見て、それが事実だと強く思い知り、涙が止まらなかった。

15日のエントリを書いたまま放置してしまっていて、昨夜は更新する元気もなく、正直、このことには触れずに次の記事に逃げてしまおうかと思ったが、思いを整理するために(整理付かないと思うが)、書き残しておくことにした。


―三沢光晴選手の事を知ったのは、2代目タイガーマスクを名乗っていた時代。
強く惹かれはじめたのはそのマスクを捨てた日。
TVでみていた自分は「上の世代をぶち破る」、「自分が自分でありたいと戦う」そんな姿に、あこがれを持つようになった。

その後に訪れた自分の漂泊時代(といってもホントに無職・宿無しだったワケではなく、精神的に居場所が無く、将来のことをアレコレ悩んだ時代)、深夜に自宅に帰って来て、日曜夜の全日中継を見るのが楽しみだった。ちょうど同じように日曜の深夜にやっていたF1のセナ(FIAと戦っていた)同様、三沢率いる超世代軍(鶴田率いる正規軍=旧世代と戦っていた)も自分にとってのヒーローだった。
周辺状況だけでなく、それまでのプロレスには見られなかった非常に激しい戦いに、倒れても倒れても立ち上がってくる姿に(ハラハラしてばかりだったが)釘付けだった。

―時間は流れ、自分は社会に出て、いつしか日曜深夜のプロレスを見る機会も減って、巨人・ジャイアント馬場が、そしてあの憎らしいほど強かったジャンボ鶴田が世を去り、全日本は混乱し三沢達は『ノア』として新しい船出を迎え、時代は変わっていった。

セナも既に94年の事故で亡くなっていて、あの頃の自分を支えてくれたヒーローが2人ともに逝ってしまったことになる。共に自分の戦いの中で唐突に起きてしまった事故死だが、ファンとしては引退するまでの戦い、引退した後の人生をどちらとも見られなかった。何とも言えないつらい気持ちだ。

当時の戦いの中でスティーブ・ウイリアムスが放った急角度のバックドロップから始まる技の先鋭化が、最終的には今回の事故に繋がったのかも知れない(あの四天王時代に出てこなかったとしても技は先鋭化していったとは思うが)。

それにしても、相手が繰り出したバックドロップをするっとすり抜け宙返りして着地する三沢光晴のあの頃の雄姿が忘れられない。それだけに「どうして、彼が?」と思わずにいられないが、それももう起きてしまって戻せない過去のことになってしまった。

今は三沢選手の安らかな眠りを祈るだけだ。

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