2009年5月13日

卵が先か鶏が先か?

遡ること59年、1950年の今日、5月13日、イギリス・シルバーストンサーキットにて、『F1世界選手権』の記念すべき第1戦が開催された。
そして、2週間後の1950年5月21日、第2戦モナコGPにてフェラーリがF1デビューした。

フェラーリの歴史はF1の歴史、F1の歴史はフェラーリの歴史でもある。
「常にこのチームが好き」だと言うことはありえないのだが、まぁ、F1の大きな部品の一つであることは言わずもがなで明白だ。

そのフェラーリが「バジェットキャップ制が今のままだったら'10シーズンは参戦しない」と宣言した(RBR&TRR、TOYOTA、ルノーが現時点で同様のボイコット宣言をした。BMWは宣言する方向で検討中)。

バジェットキャップ制を掲げるFIAに対しての、いわゆる「牽制」ではあるが、FIA側も今のところ態度を軟化させて居らず、争いは長期化する可能性を含んでいる。

そもそも、今年度数百億円をかけて戦っているチームに対して、「来期から50億円以内でレースをやらないと、絶対に勝てないようにするぞ!!」というルール変更を一方的に突きつけてきたやり方が問題だと思うのだが、その金額の低さから、「そもそもF1とはなんぞや」と言う基準を争う状態に陥りつつもある。

アルファロメオ、フェラーリ、マセラティ、メルセデス‥‥当初、F1は自動車メーカー同士の争いだった。それが、経済状況の変化から'60~'70年代のプライベーター‥‥クーパー、ロータス、ティレル、マクラーレン、ウイリアムズ(&DFVエンジン)全盛時代を迎え、その後再びメーカーによるターボエンジン&バブル経済全盛時代('80年代)、90年代中~後半のバブル景気後の世界不況によるメーカー沈黙時代、さらに2000年代に入ってからのメーカーによるプライベーター買収時代を経て、現在のサブプライム不況下のメーカーがいつ(HONDAのように)レースを放り出すか判らない不安定時代と変遷している。

F1(だけでなく、ハイレベルなモータースポーツ全般)は、常にメーカーの姿勢に左右されてきて、メーカー参加前提となっているような選手権は景気次第で終わってしまうモノもあったわけだが、フォーミュラは「レース屋」がマシンを組めるという事と、F1がその中で最高峰であるということで、バランスを取り、大波小波を乗り越えてきたという歴史はあると思う。

―フェラーリを取るか、プライベーターを取るか?

ただ、その歴史の中心にフェラーリやロータス、マクラーレン、ウイリアムズなどの有力コンストラクターが居たことが、今のF1がコレだけの視聴者・観衆を集めることが出来るようになった原動力になっているのではないだろうか?
仮に、オゼッラやAGS、リアルにATS、オニックスなどしか居ない'80年代のF1があったとしたら、どうだったのだろう?

エクレストン的に言えば、プライベーターだけが争う世界最高峰のレースに、果たしてどれだけの価値があって、どれだけの放映権収入を得られるのだろうか?
F1が草レース的、よく言えば牧歌的なレースに戻った時に、今の放映権料ではドコの国のTV局がそのレースを放送するのか?
正直なところ、極東の島国に住む人間としては、レースが中継されなくなってしまうことがいちばん心配だったりする‥‥。

‥‥最終的には何らかの落としどころが見つかるんだろうけどねぇ。
この争いがF1のためではなくて、老人達の誰がF1を牛耳るのかという「底」が透けて見えてしまう事に胡散臭さを感じずには居られないのだが‥‥。

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