2006年10月11日

F1GP2006 日本GP 番外編■ホントにヒトが多かった‥‥

最後の鈴鹿を見守るため、日本全国からF1ファンが集まった。
しばらくお別れの鈴鹿。
レース以外、旅行記としてのアレコレを簡単にまとめて、鈴鹿06レポートを締めようと思う。

■初日
東京~名古屋新幹線にて移動。
自宅を出たときには結構な雨が降っていたので、どうなるか心配な出だしだった。
(自分たちが名古屋に向かった後、首都圏は大雨・強風に襲われ、'04台風F1の再現となった)

名古屋から観光バスにて移動。11時45分、サーキット着。フリー走行1は見られず。
鈴鹿は午前中こそ雨だったが、フリー走行1が終了した午後から徐々に回復。
昼食をすませ、グッズを購入して、フリー走行2を観戦。フリー走行2のラスト10分間は路面もほぼドライになって、サーキットを後にするときにはすっかり晴れ渡った。
suzuka0614.JPG
▲自席付近からのパノラマ写真(合成)。
メインストレートからS字の奥深いところまで見ることが出来る最高の観戦ポイントだった。

夕食はファミレス、ホテルで酒を飲んでいるとすっかり眠くなってしまった。

■2日目
suzuka0615.jpg8時半、サーキット着。ホテル>サーキットは1時間半。
予想外に早くサーキット入りできたので、モビリティランド内のレストランにて、モーニングセットを食す。
ちょっとだけ、優雅。
フリー走行3、昨日にもまして客が増えている。
昼食を食べるため、グランドスタンド裏に向かおうとしたが、客が多くて断念。たこ焼きを食す。
▲天候は最高、レース日和となった

suzuka0613.JPG予選ではフェラーリが他を圧倒。赤い服を着た一団が俄然勢いづく。
ホンダを後方に追いやったTOYOTAファンも機嫌よさげ。
▲スピンを喫して落ち込むサコンヌ。

suzuka0616.jpgホンダ応援グッズを貰おうと並んだが、配布中断とのことで貰えず。

特にグッズなどを買う必要もなかったので、とっととバスに戻る。
そうそう、予選Q3から少し小雨が降ってきたが、サーキットを出る頃には空がどんより真っ暗になって、少し心配になった
▲朝と同じく観覧車だが雲が‥‥

ホテルには18時半着。
予想外に早かったので(朝も同じだったが)、某温泉テーマパーク行きを敢行!!

打たせ湯に露天風呂‥‥。
白く光る月を見ながら入る温泉は格別だった~~~~。それにしても月が綺麗だ。
2日目の夕食はそこの大広間でいただいた。

■3日目
suzuka0617.JPG昨日の人出に渋滞を覚悟したが、昨日よりさらに早い8時着!
前日までと違って、サーキット外の某企業の駐車場から徒歩でサーキット入り。
逆バンク付近の入り口からトンネルを抜けて、グランドスタンド側に出たのだが‥‥自由席は未だ地面が緩くて大変そうだった。それに、下の方だとマシンが一瞬しか見えないような気が‥‥。
▲東コースと西コースの真ん中あたりにある連絡トンネル

suzuka0618.JPGとにもかくにも、グランドスタンド裏の広場に出てみて驚愕。人の頭しか見えませ~ん!!
‥‥まだ、朝の8時。
決勝レース開始は14時。
みんな好きだね~。
▲黒くて見にくいと思うけど、遠くの方まで人の頭

12時からの鈴鹿20周年記念走行。
ベルガー、カペリ、亜久里‥‥それぞれ鈴鹿で思い出を作ったマシン。
suzuka0619.jpgsuzuka0620.jpg
▲1991年セナとベルガーがドライブしたマクラーレンMP4/6ホンダ
セナはこのマシンで3回目、最後のドライバーズタイトルを獲得。
鈴鹿でセナがファイナルラップでベルガーに勝利を譲ったことはチーム内外で物議を醸すことに。
ホンダは満を持してV12エンジンを投入したが、時代はマシンバランス重視になってくる。
翌年、ホンダはV10エンジン+ハイテク装備のウィリアムズルノーの後塵を拝し、撤退することに‥‥そしてさらに2年後、そのウィリアムズのマシンの中でセナは帰らぬ人となる。

suzuka0621.jpgsuzuka0622.jpg
▲1988年、イワン・カペリのレイトンハウス・マーチCG881ジャッド
鈴鹿2年目の1988年、ターボ最後の年。下位チームは翌年のNA化に向けコスワースDFRやジャッドエンジンを積み、ターボ勢に立ち向かうが、その差は如何ともしがたい状況だった。
年間16戦で、ホンダV6ターボ15勝、フェラーリV6ターボ1勝―。
だが、その15戦目ホンダの本拠地・鈴鹿にて、NAジャッドエンジンを積むレイトンハウス・マーチCG881が一瞬の輝きを見せ、アランプロストのマクラーレンホンダMP4/4をシケイン手前でオーバーテイク!
すぐに抜き返され、その後リタイアしてしまうモノの、空力の鬼才エイドリアン・ニューウェイは奇跡を見せてくれた。

suzuka0623.jpgセナ・プロ時代が最もアツく燃え上がった1990年。
鈴鹿でセナは前年の復讐を狙い、両者1コーナーでもつれ合うようにコースアウト、リタイアとなった。その後、トップに立ったベルガー、フェラーリのもう一台マンセルもあっけなく消え、レースは伏兵ベネトンのネルソン・ピケ-ロベルト・モレノが1-2フィニッシュ。
そして、3位表彰台には日本人、鈴木亜久里。初の快挙!日本中が沸いた。次の日本人表彰台は2004年USAGPの佐藤琢磨まででなかった。
▲1990年、ローラ90ランボルギーニ、鈴木亜久里

ドライバーズパレード、T-SQUAREによる君が代演奏の後、遂に最後の鈴鹿スタート!
結果は、アロンソがドライバーズタイトルを決定づける、逆転勝利。
終盤のPIT-FMはさながらシューマッハさよなら特集だった。

suzuka0624.JPGレースも終わり、大量のヒトがサーキットを後にする。

上から撮った写真だが、こういう状況を見るとやっぱりアレをやらないわけにはいかない。

「見ろ!ヒトがゴミのようだ!!」

‥‥。
▲外へ向かう観客

suzuka0625.JPGそして、鈴鹿に夜が訪れようとしていた‥‥。
今日のレース結果、来年の日本GPについて、鈴鹿の思い出‥‥様々な思いをゆっくりと溶かしていく‥‥。


suzuka0626.JPG
いつの日か、また鈴鹿でF1が開催される日を期待して、今はお別れと感謝の言葉を贈りたい。

最後はどうしても鈴鹿の思い出に浸る形になったが、きっとその日みんながそう思っていただろう。
そんな感じで、鈴鹿F1最後の3日間は過ぎていった。

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